鵺代玄兎が、鷺宮透羽との「距離」について真剣に考えたことは、これまでほとんどなかった。
怪異と向き合う時には、互いの背中を預けられるほど近くに立つ。傷の手当てをされる時など、透羽の髪が頬へ触れそうな距離まで顔を寄せられることもある。
反対に、何もなければ数メートル離れて歩くし、別々の講義へ向かう時には当然のように別れる。
最近、講義で隣に座ることが増えたのも、透羽に言わせれば「監視効率のため」だった。玄兎もその説明にわざわざ異議を唱えるほど、自分たちの位置関係を意識してはいなかった。
だから、その朝。
六月の陽射しが中庭の石畳を白く照らす中、前を歩いていた透羽との間が四メートルほど開いた瞬間、胸の奥を焼けた針で貫かれたような痛みが走った時――玄兎は初めて、彼女との距離を嫌でも意識することになった。
「――っ……!」
息を吸うことさえできないほどの激痛だった。心臓そのものを強く握り潰されたような感覚に膝から力が抜け、玄兎は胸を押さえたまま石畳へ片膝をついた。
「玄兎!」
十数歩先にいた透羽が、足音を響かせて駆け戻ってくる。その声に返事をする余裕さえなかった。
ところが、透羽が玄兎のすぐそばまで戻ってきた途端、胸を締めつけていた痛みが嘘のように消えた。
玄兎は何度か浅く息を吸い、ようやく顔を上げる。
「……今の、何だったんだ。心臓を直接刺されたみたいに痛かったのに、透羽が戻ってきたら急に消えた」
「まず身体を確認します。痣に変化があるかもしれませんし、胸部の痛みなら軽視できません」
透羽は玄兎の前へしゃがみ、いつもの冷静さを保とうとしながらも、明らかに焦った目で胸元を見ていた。
「痣は服の下だから分からないけど……ここでシャツをめくるのはさすがに嫌だぞ。朝の中庭、人が多すぎる」
言われて、透羽も周囲を見た。講義棟へ急ぐ学生やベンチで朝食を取る学生が、すでに何人もこちらへ視線を向けている。
「……では、まず人目の少ない場所へ移動します。歩けますか?」
「歩ける。というか、もう全然痛くないんだ。だから、その前に一つだけ確かめたい」
玄兎は立ち上がり、シャツの裾を整えた。
「透羽はそこから動かないで。俺が少しずつ離れてみる」
「危険です。原因が距離だと決まったわけではありません」
「だから確認するんだよ。一歩ずつなら、痛みが出た瞬間に戻れる」
透羽は反対したそうに眉を寄せたが、玄兎が無茶に走り出す気はないと判断したのか、しぶしぶ頷いた。
玄兎は彼女から目を離さず、一歩ずつ後ろへ下がった。二メートルほどでは何も起こらない。三メートルに近づくと、胸の奥にじわりと嫌な熱が灯る。
「……この辺から変だ。もう少しだけ下がる」
「無理はしないでください。痛みが強くなる前に戻って」
さらに半歩。
次の瞬間、先ほどと同じ痛みが胸を貫いた。
「っ……!」
玄兎が反射的に身体を折るより早く、透羽が駆け寄ってくる。三メートルを下回った途端、また痛みが消えた。
しばらく二人とも言葉が出なかった。
やがて玄兎が胸をさすりながら苦笑する。
「どうやら本当に距離らしいな。正確じゃないけど、三メートル前後を越えると痛む」
「私にも同じ条件があるかだけ確認します。玄兎は動かないでください」
「痛いって分かってるのに?」
「片側だけの拘束か、双方への拘束かで対処が変わります。境界を越えたら、すぐ戻ります」
透羽は三メートルをわずかに越えたところで足を止めた。眉間が強く寄り、胸元へ手が上がる。
玄兎が反射的に距離を詰めると、その表情から力が抜けた。
「……同じです。双方に作用しています」
「必要な確認なのは分かったけど、もうやるなよ。かなり痛いだろ」
「それは玄兎にも同じことを言います」
二人は顔を見合わせ、ほぼ同時にため息をついた。
原因不明。距離制限は約三メートル。越えれば双方に激痛。
朝からずいぶん面倒な怪異を引いたらしい。
「おはようございまーす! 玄兎先輩、透羽先輩!」
そんな空気を吹き飛ばすような元気な声が中庭へ響いた。
運動部の学生の間を縫うように、白狼院小毬が駆けてくる。二人の前で止まった彼女は、挨拶より先に鼻先を小さく動かし、それから玄兎と透羽の距離を見比べた。
「おはようございます。……あれ? 二人とも、今日はずいぶん近くを歩いてますね。いつもより匂いが重なってます」
「事情があるんだ。今朝から、俺と透羽が三メートルくらい離れると胸に激痛が走る」
「えっ、離れられないんですか?」
驚きの声とは裏腹に、小毬の琥珀色の瞳がわずかに輝いた。
玄兎はすぐにそれを見逃さなかった。
「小毬、その顔は心配してる人の顔じゃない。ちょっと面白がってるだろ」
「面白がってません! ただ、すごく珍しい怪異だなって……ほんの少しだけ興味があるだけです!」
「それを面白がってるって言うんじゃないか?」
小毬は返事の代わりにスマートフォンを取り出した。
「千燈先輩と依澄先輩にも知らせます。群れの緊急事態ですから!」
「連絡は構いませんが、必要以上に騒がないでください。大学内で妙な噂が立つと調査しづらくなります」
透羽が釘を刺す横で、小毬はもう文章を打ち終えていた。
画面には、
『玄兎先輩と透羽先輩、三メートル以上離れられなくなりました!!!』
とある。
透羽はしばらく無言でその画面を見つめた。
「白狼院さん。緊急性と感嘆符の数は比例しません。一つで十分です」
「でも三メートルですよ!」
「距離の単位と感嘆符の数も無関係です」
玄兎は額を押さえた。
怪異の正体を調べるより先に、今日一日の噂対策が必要になるかもしれなかった。
◇
午前九時二十分。第一講義棟の空き教室には、始業前にもかかわらず五人が揃っていた。
千燈は窓際の机へ腰を預け、缶コーヒーを片手に玄兎と透羽を交互に眺めている。笑みを隠そうともしていない。
「なるほど。三メートル以上離れると二人そろって激痛か。朝からずいぶん面白いものを引いたね」
「せめて最初くらい心配してくれ。完全に見世物を見る顔になってるぞ」
「心配はしてるよ。その上で、珍しい怪異だから興味もある。両立するでしょ?」
「否定できない言い方をするなあ……」
透羽は二人のやり取りを無視し、小さなペットボトルから指先へ水を一滴落とした。水滴は床へ落ちず、ふわりと宙へ浮かぶ。
「まず、二人の間に何らかの術式が存在するか確認します。動かないでください」
水滴が玄兎と透羽の間へ滑るように移動した瞬間、何もなかった空間に細い光が浮かび上がった。
ほんの一瞬だったが、確かに見えた。淡い赤色の糸。その周りには、白い光が絡みつくように揺れている。
「赤い糸です! これ、恋人同士を結ぶっていう、あの赤い糸じゃないですか?」
小毬が嬉しそうに身を乗り出す。
「色だけで恋愛と決めつけないでください。怪異における赤色は、執着や血、警告など複数の意味を持ちます」
透羽の返答がいつもより少し速い。
千燈がその横顔を見て、さらに楽しそうに目を細めた。
「透羽ちゃん、まだ誰も『二人の恋愛感情で発生した』とは言ってないよ?」
「原因を誤認すれば調査に支障が出るので、先に否定しただけです」
「はいはい。そういうことにしておく」
玄兎はからかわれる透羽を横目に、窓際に立つ依澄へ声をかけた。
「依澄には何か分かる? 夢の怪異とは違いそうだけど」
依澄は赤い光が消えた場所をじっと見つめていた。すぐには答えず、見えないものへ触れるように指先を空中へ伸ばす。
「夢ではない。でも、何かの願いに近い。誰かが『離れたくない』って強く思ったものが、まだ残ってる感じがする」
「その『誰か』が、俺たちって可能性は?」
「そこまでは分からない。二人の気持ちなのか、お守りみたいな別のものなのかも、今は区別できない」
「本人たちの願いだったら面白いのにね」
千燈が軽く言うと、透羽は視線だけを向けた。
「千燈。推測で遊ぶのは後にしてください。今日の問題は、講義中も三メートル以内を維持しなければならないことです」
玄兎も腕時計を見る。
「一限は俺と透羽が同じ講義だからいいとして、二限が別なんだよな。俺は一号館、透羽は三号館だろ?」
「はい。私は民俗宗教論があります。欠席するつもりはありません」
「俺も現代社会学は出席点があるから、できれば出たい。どっちか休むのが一番簡単なのは分かってるけど」
「それなら、壁を挟んでも距離判定が直線なのか試してみたら?」
千燈の提案で、玄兎は廊下に残り、透羽だけが空き教室へ入った。
壁を一枚挟いでも、二人の直線距離が二メートル程度なら痛みは出ない。玄兎が廊下をゆっくり進み、三メートル付近へ達すると胸の奥が熱を持ち始めた。
すぐに元の位置へ戻る。
「壁は関係ないみたいだ。単純な直線距離で三メートル前後」
透羽も教室から出て頷いた。
「それなら、片方が講義を受けている間、もう片方が教室の外で待機すれば最低限は対応できます。効率は悪いですが、欠席するよりはましです」
小毬は露骨に残念そうな顔をした。
「もっとこう……同じ椅子に座らないと駄目とか、手をずっとつないでいないと駄目とか、そういう怪異じゃないんですね」
「小毬は何を期待してるんだ。俺たちは朝から胸を刺されるみたいな痛みに悩まされてるんだぞ」
「ちゃんと心配してますよ! ただ、群れの恋愛が進むなら、それはそれで応援したいだけです!」
「勝手に恋愛へ進めるな」
依澄が不思議そうに小首を傾げる。
「恋人は、ずっと近くにいるもの?」
「場合による。仕事や講義まで全部一緒ってわけじゃないし、恋愛に固定ルールはない」
「また『場合による』」
「それが一番正確なんだよ」
千燈が笑いながら缶を揺らした。
「でも玄兎くん、三メートルって思ってるより近いよ。今日一日その状態なら、たぶん午後には嫌でも実感する」
その予言めいた言葉を、玄兎はその時まだ軽く聞き流していた。
◇
一限目。玄兎と透羽は、いつも通り講義室の中央寄りに並んで座った。
普段と同じ席なのに、「離れれば痛む」と分かっているだけで妙に互いの位置が気になる。玄兎が椅子を少し引けば透羽の視線が動き、透羽が資料へ手を伸ばせば玄兎も距離を測ってしまう。
「玄兎。さっきから同じところでペンが止まっています」
「透羽だって、俺が動くたび見てるだろ」
「安全確認です」
言い切った直後、教壇のスクリーンが切り替わった。見出しは『親密さと境界』。
山本教授は、親しい相手と常に同じ距離にいる必要はなく、離れていても信頼できる関係がある、と短く説明した。
あまりのタイミングに玄兎は隣を見る。透羽も同時に顔を上げていた。
「今日に限って、題材の相性が良すぎないか」
「少なくとも、怪異に近くへ縛られることと、自分の意思でそばにいることは別です」
「だな。離れても、必要なら戻ってくるって思える方がいい」
透羽のペン先が一瞬止まった。
「……その考え方は、覚えておきます。怪異を解く手掛かりになるかもしれません」
少し間を置いて、声をわずかに和らげる。
「それに、悪くありません」
玄兎は講義へ視線を戻したが、その一言だけはしばらく頭から離れなかった。
◇
二限目は、予定どおり透羽が民俗宗教論を受け、玄兎は教室後方の壁を隔てた廊下でレポートを進めることになった。
教室の中に透羽がいることは分かっている。直線距離も二メートルほどしかなく、胸に痛みはない。
それでも玄兎は、廊下の床へノートパソコンを置いた自分の姿を見下ろして苦笑した。
「これ、事情を知らない人から見たら完全に不審者だな……」
案の定、通りかかった知り合いの学生に「授業待ち? 彼女でもいるの?」と尋ねられた。
玄兎が曖昧に笑ってごまかしていると、壁の向こうから聞こえてくる教授の声に混じって、椅子が動く音がした。
姿が見えないだけなのに、透羽がどこへ動いたのか少し気になる。
――怪異のせいだ。
そう決めつけるように、玄兎はレポートへ視線を戻した。
数分後、スマートフォンが震えた。
『痛みはありませんか。私は問題ありません。』
透羽からだった。
玄兎は思わず口元を緩める。
『こっちも平気。廊下でレポートやってる。透羽は講義を聞け。』
すぐに返事が来る。
『聞いています。廊下は冷房が効いていませんが、暑くありませんか。』
『大丈夫。というか講義中にそんなにスマホ触るな。』
少し間を置いて、
『あなたもレポートへ集中してください。』
と返ってきた。
「見えてないのに、相変わらず監視が細かいな」
玄兎は小さく笑い、今度こそ作業へ戻った。
ところが十分ほど経った頃、教室内でグループワークが始まったらしく、学生たちが一斉に席を移動し始めた。
壁越しの透羽も後方へ動いたのだろう。
胸の奥に、例の熱が灯った。
「……まずい」
次の瞬間には鋭い痛みへ変わる。
玄兎はパソコンを置いたまま立ち上がり、教室の入口へ急いだ。同時に、教室の中でも透羽が胸元を押さえていた。
二人の距離が縮むと、痛みはすぐに引いた。
担当教授が心配そうに透羽へ声をかける。
「鷺宮さん、顔色が悪いけど大丈夫? 体調が悪いなら無理しなくていいよ」
「ありがとうございます。少し胸が痛んだだけで、もう治まりました。席を元へ戻せば問題ありません」
透羽はそれ以上説明できないまま、玄兎に近い前方の席へ戻った。
廊下の玄兎が「大丈夫か」と声をかける代わりに片手を上げると、透羽も一瞬だけこちらを見て、小さく頷いた。
それだけのやり取りなのに、玄兎は妙に安心した。
怪異によって強制されている距離なのだと分かっている。それでも、見えない場所へ離れた時より、互いの姿を確認できる方が落ち着く自分がいる。
その事実には、まだ気づかないふりをしておくことにした。
◇
三限までの空き時間。五人は学食の隅に集まった。
玄兎と透羽が隣へ座ると、小毬が露骨に残念そうな顔をする。
「私も玄兎先輩の隣がいいんですけど、今日は怪異に席まで決められてます」
「今日は我慢してくれ」
「強敵です」
千燈は楽しそうに二人を眺めた。
「朝からずっと隣同士だと、新婚夫婦みたいに見えてくるね」
「見えません。怪異の制約です」
透羽の返答が早すぎて、小毬が笑う。
食事が一段落すると、小毬がふと思いついたように言った。
「近くにいるほど楽になるなら、触れた時はどうなるんでしょう?」
透羽はすぐ否定せず、水滴を一つ浮かべた。
「確認する価値はあります」
玄兎が差し出した手へ、透羽がそっと指を重ねる。
怪異との戦いでは何度も触れている。それなのに『手をつなぐ』と意識した途端、彼女のひんやりした指先ばかりが鮮明になった。
水滴の光に照らされ、二人の手首を結ぶ赤い糸が現れる。そのすぐ横には、朝には正体を掴めなかった細い白の光もあった。
赤い糸はわずかに緩んだ。
依澄が二人の手元を見つめる。
「もっと近くなったら、もっと緩むかもしれない」
小毬の耳がぴんと立った。
「じゃあ、ハグです!」
「必要ありません」
「透羽ちゃん。反応量を見るだけなら、理屈はあるよ」
千燈に言われ、透羽は数秒黙った。玄兎も朝の痛みを思い出し、一度だけ試すことにする。
人目の少ない学食の端で向き合うと、怪異へ向かう時には迷わない透羽が、ほんの数十センチを詰めることには明らかにためらった。
「……短時間です」
「分かった」
玄兎は慎重に腕を回した。透羽も両腕を玄兎の脇へ回し、短い抱擁になる。
身体が触れた瞬間、透羽がわずかに強張る。近すぎて、玄兎もどこを見ればいいのか分からない。
「透羽、大丈夫?」
「喋ると余計に意識するので、今は黙ってください」
「はい」
その時、赤い糸が目に見えてたわんだ。
千燈の合図で二人は離れる。三メートルを越えても痛みは来ず、五メートルを少し越えたところでようやく胸の奥が熱を持ったため、すぐ元へ戻った。
「接触が強いほど、短時間だけ拘束が緩むみたいだね」
「では緊急時の手段として記録します。常用はしません」
透羽が先回りすると、依澄はメモへ『抱きしめると、少しだけ遠くへ行ける』と書いた。
「依澄さん。もう少し事務的に」
「じゃあ、『強い接触で拘束が一時的に弱まる』」
「それでお願いします」
怪異は厄介なままだったが、玄兎は少しだけ肩の力を抜いた。少なくとも、ただ距離を縮めることだけを求めているわけではなさそうだった。
◇
午後一時四十分。五人は大学図書館へ移動し、怪異の由来を調べ始めた。
透羽は学内資料の目録を検索し、玄兎は郷土史や古い新聞のコピーを確認する。本来なら手分けした方が圧倒的に早い作業だが、今日は三メートルという制限がある。
書架の間では、その三メートルが思っていた以上に窮屈だった。
玄兎が一つ向こうの棚へ回ろうとするだけで、透羽との距離が限界へ近づく。反対に透羽が検索端末へ移動すれば、玄兎もついていかなければならない。
「反対側の棚に、大学周辺の戦前地図があるんだけどな。俺だけ取りに行くと確実に三メートルを越える」
「私もこちらの郷土資料を確認したいので、今は分かれるのが一番効率的なのですが……」
二人の視線が一瞬だけ合う。
昼の「緊急時の手段」を、ほぼ同時に思い出したらしい。
玄兎が冗談めかして口を開く。
「一回ハグして数秒だけ距離を稼ぐ、っていう方法も一応――」
「却下です。図書館の書架を移動するたびに実行するものではありません」
「最後まで言ってないのに分かったか」
「分かります」
少し離れた場所で資料を探していた千燈が、笑いをこらえながら本を数冊抱えて戻ってきた。
「二人は無理に動かなくていいよ。必要な本があれば私たちが取ってくる。今日は役割分担しよう」
「助かる。千燈がまともに見える」
「普段からまともだよ?」
「そこは議論が必要だな」
結局、玄兎と透羽は同じ通路をゆっくり進み、片方が本を抜けばもう片方も足を止めるという、妙に息の合った調べ方になった。
その時、千燈がスマートフォンを片手に戻ってきた。
「大学の古い怪談掲示板に、それっぽいのが残ってたよ」
画面には、『朽木ヶ丘大の中庭で“ふたり守り”を拾ったら、二人は別れられなくなる』という投稿と、白布へ赤い糸を縫いつけた小さなお守りの画像が表示されていた。
玄兎は鞄を探り、朝、南門近くで拾った落とし物を取り出す。
「……これだ」
透羽の表情が変わった。
「玄兎。素手で触りましたか」
「触った。透羽にも一度渡した」
二人とも相手と合流しようと思っていた朝だった。その状態で同じお守りへ触れたことが、発動の引き金になったらしい。
掲示板にはさらに、三日目には糸が首まで上がり、切れなければ二人とも消えるという噂と、大学南側にかつて《結留神社》があったことが記されていた。
もともとの守りは、旅立つ人が無事に帰り、家族と再び会えるよう願うものだった。しかしいつしか、『別れない』『他の人を好きにならない』という願掛けへ意味が変わったという。
依澄はお守りへ触れず、じっと見つめた。
「『離れないで』より、『置いていかないで』が強い」
小毬が眉を寄せる。
「私は、そういうのを群れとは呼びたくないです。離れてても群れですよ。ずっと隣にいないと仲間じゃない、なんて変です」
玄兎は一限目の講義を思い出した。
近くへ縛ることと、離れても戻ると信じることは違う。
「神社跡へ行こう。今日中に終わらせたい」
透羽が頷いた。
「全員で行きます。玄兎、怪異が解けた後も勝手に先行しないでください」
「……了解。今日はちゃんと全員で動く」
その返事に、透羽の目元がほんの少しだけ柔らかくなった。
大学南門から歩いて十五分ほど。古い石垣がところどころ残る住宅街の一角に、小さな公園があった。
滑り台と砂場、色あせたベンチ。子供たちが遊ぶ、ごく普通の公園に見える。
ただ、その端にだけ、不自然な空白があった。
草に半ば埋もれた礎石と、途中で切断された鳥居の根元。近づくほど、夏前の湿った空気とは違う、古い土の冷たさが漂ってくる。
「地図だと、ここが神社の境内だった場所で間違いないみたい」
千燈が古地図と現在地を見比べる。
小毬は鼻をひくつかせた。
「古い木と土、それから雨に濡れた石の匂いがします。人の匂いも残ってるけど、今いる親子とは違います。かなり古いものが混じってる」
依澄も目を閉じる。
「願いが多い。ここ、誰かを待つ夢みたいな感じがする。でも夢じゃない」
透羽は周囲を見回した。
公園にはまだ子供を遊ばせている親子が二組いる。
「一般人を巻き込むわけにはいきません。暗くなって人が減るまで、周辺の聞き込みと資料確認を続けましょう」
千燈、小毬、依澄の三人が近所へ聞き込みに向かい、公園には玄兎と透羽が残った。
二人は鳥居跡が見えるベンチへ並んで座る。
夕方までまだ時間がある。怪異のせいで三メートル以上離れられないことを除けば、妙にのどかな時間だった。
「……こうして座ってるだけだと、調査してる感じがしないな」
「資料は確認しています。何もせず待っているわけではありません」
透羽はスマートフォンに表示した古地図を指で拡大する。
玄兎も肩越しに画面を覗き込んだ。
「この道、今は公園の中を横切ってるんだな。神社の参道だったのか」
「おそらく。社殿はこの辺りにあったはずです」
しばらく地図を見たあと、玄兎は公園の端に自動販売機があることに気づいた。
「コーヒー買ってくる……って、一人じゃ行けないか。一緒に来る?」
「行きます。飲料水も補充したいので」
二人は立ち上がり、自然に歩幅を合わせて自動販売機へ向かった。
普段なら何も考えず片方が先へ行くところだ。今日は少しでも歩調がずれると距離を意識する。
それが妙に可笑しかった。
玄兎が商品を眺めていると、透羽の視線が一段下の缶へ数秒止まった。
「透羽。プリンシェイク、気になる?」
「見ていただけです。商品構成を確認していました」
「自販機の商品構成をそんな真剣に確認する?」
「調査中ですから、周囲を見るのは当然です」
「じゃあ俺が買う。一口飲んでみる?」
「玄兎が飲みたいなら、止めません」
妙に遠回しな返事に、玄兎は笑いながら硬貨を入れた。
一口飲む。想像以上に甘い。
「うわ、甘っ。これ絶対透羽向けだ」
「私向けの商品という分類はありません」
「でも飲む?」
差し出すと、透羽はほんの少しだけ迷ってから缶を受け取った。
一口。
その瞬間、彼女の目元がごくわずかに緩んだ。
「美味しい?」
「……普通です」
「その顔で普通は無理がある」
「どんな顔ですか」
「甘い物を食べた時の透羽の顔」
「意味が分かりません」
透羽は缶を返そうとし、玄兎が受け取ろうと手を伸ばした。
指先が触れた。
その瞬間、二人の間に赤い光が走る。
朝よりも、昼の実験よりも、くっきり見えた。
赤い糸のすぐ隣に、細い白い糸が重なっている。赤は張りつめるように手首を引き寄せようとし、白はその力へ逆らうように柔らかく伸びていた。
指先が触れた瞬間、二人の間に光が走った。
赤い糸の隣に、細い白い糸が重なっている。
赤は張りつめ、相手を近くへ引こうとしていた。対して白い糸は、距離を縮めようとはしない。ただ、二人の間で柔らかく伸びている。
「白い方、昼よりはっきりしてるな」
透羽も静かに見つめる。
「赤とは性質が違います。こちらは、離れること自体を拒んでいない」
それ以上はまだ分からなかった。
二人は缶を持ってベンチへ戻った。怪異に縛られているはずなのに、歩幅を合わせることが少しだけ自然になっているのが、玄兎には妙に可笑しかった。
◇
日が傾き、公園の親子連れが帰り始めた頃、聞き込みに出ていた三人が戻ってきた。
結留神社は、名の通り「結んだ縁を留める」場所だった。ただし元の意味は、旅へ出る者を同じ場所へ縛ることではない。離れても、無事に帰ってくることを願うものだった。
ところが戦後、恋愛成就の噂が広がり、『別れたくない』『ずっと自分だけを見てほしい』という願いが積み重なった。
そして数十年前、県外就職をめぐって揉めていた若い男女が、この場所で心中している。
千燈が古い記事を閉じた。
「たぶん、これが最後の引き金。帰ってきてほしいって願いが、離れるなって願いへ変わった」
依澄は玄兎と透羽の間を見た。
「赤い糸はお守りの願い。でも白い方は違う。二人から出てる」
「意味は?」
「『離れても戻ってきてほしい』。たぶん、それに近い」
玄兎はこれまで透羽から言われた言葉を思い出した。
勝手に死なないで。必ず戻って。
彼女が求めていたのは、同じ場所から動くなということではなかった。
「赤い方をほどいて、白い方を残せればいい」
「ただし、歪んだ願いそのものが残れば赤は再生します」
透羽が言った、その直後だった。
玄兎の鞄の中で、お守りが焼けるような熱を発した。
「っ……!」
取り出すより早く、白布の隙間から赤い光が溢れ、地面へ染み込んでいく。
鳥居跡から無数の赤い糸が噴き出した。
地面を這い、木々へ絡み、公園の空間そのものを縫い合わせるように広がっていく。
「一般人を外へ!」
透羽が清め水を放ち、《水鏡》の膜を展開する。
公園の端には、帰り支度をしている親子がまだ一組だけ残っていた。
小毬はすぐに脚を部分獣化し、地面を蹴った。
「私が連れて出します! 皆さんはこっちを止めて!」
彼女は親子へ駆け寄り、「地面から危ないものが出ています、外へ!」と強い口調で誘導した。怪異の姿が見えない親子には意味が分からなくても、小毬の勢いに押されて公園の外へ出る。
千燈は烏の感覚を借り、上空から周囲を確認した。
「公園内に一般人はいない。外にも近づいてくる人はいないよ!」
「依澄、核がどこにあるか分かる?」
玄兎が声を上げる。
依澄の周囲へ薄紫色の蝶が舞い始めた。
「現実の下に、昔の景色が重なってる。そこを開く」
「《蝶境》」
蝶が公園を横切るたび、現在の遊具やベンチの上へ、過去の神社が半透明に重なっていく。
石段。社殿。まだ完整だった鳥居。
夕暮れの境内で、一組の男女が向かい合っていた。
女は泣きながら男の袖を掴んでいる。
『行かないで。県外なんて行ったら、もう帰ってこないでしょう』
『帰ってくるって何度も言っただろ。仕事で行くんだ。お前を捨てるわけじゃない』
『信じられない。新しい場所で、私より好きな人ができたらどうするの』
『そんなことを今から決めつけるなよ』
『だったら、ここにいて。ずっと私のそばにいてよ』
男は苦しそうに顔を伏せた。
『ずっと同じ場所にいるなんて無理だ。俺には俺の人生がある』
その言葉に女の顔が崩れる。
『じゃあ、私よりそっちが大事なんだ』
二人の足元へ、赤い糸が一本、また一本と絡みついていく。
それは過去の映像なのに、現在の玄兎と透羽の手首にも同じ痛みが走った。
赤い糸が腕へ這い上がる。
「透羽、近い!」
怪異の力に引かれ、二人の身体が強制的に引き寄せられた。透羽の肩が玄兎の胸へぶつかる。
「大丈夫です。それより糸が首へ上がる前に、核の願いを変えないと」
水の刃《白羽》が赤い糸を切る。
しかし切断面からすぐに新しい糸が生え、再び二人の腕へ巻きついた。
「物理的に切るだけじゃ駄目か」
「願いそのものが続いている限り再生します」
過去の男女の会話はさらに険しくなる。
女の糸は、「捨てられるくらいなら縛ってしまいたい」という恐怖から生まれていた。
だが男の側にも別の歪みがあった。
『俺はちゃんと帰るって言ってるだろ。何度言えば分かるんだ』
『そんな言い方じゃ信じられない!』
『じゃあもう勝手にしろ』
『ほら、やっぱり捨てるんじゃない!』
男は離れたいわけではなかった。
ただ、何度説明しても信じてもらえない疲れと、相手を傷つけることへの罪悪感から、最後には話すことそのものを諦めていた。
玄兎は息苦しいほど締まる糸に耐えながら、過去の女へ声を張る。
「本当に怖かったのは、男が県外へ行くことじゃないんだろ。離れたら、自分を忘れて別の人を選ぶかもしれない。それが怖かったんじゃないのか?」
女の幻が玄兎を見た。
『怖いよ。離れたら、私じゃなくてもよくなるかもしれない』
「だから相手が苦しくても縛る?」
『だって、いなくなるよりは……』
「それでそばに残った相手が、ずっと苦しくても?」
女の唇が震えた。
透羽は男へ向き直る。
「あなたも、帰るつもりだったなら、最後までそう伝えるべきでした。相手が信じてくれないからと話すことを諦めれば、残るのは不安だけです」
『何度言っても無駄だった』
「それでも、黙って突き放すことと、離れることは同じではありません。相手を信じてもらう努力まで捨てれば、あなた自身も相手を置き去りにしています」
男も言葉を失った。
依澄が低い声で告げる。
「まだ足りない。怪異は玄兎と透羽にも同じことを答えてほしがってる」
赤い糸がさらに締まり、二人の手首から肩へ、首元へ近づく。
怪異の声が重なる。
『離れたくないなら、ここにいろ』
『近くにいるなら、離れるな』
『離れれば、忘れる』
『離れれば、捨てられる』
玄兎は息を整え、隣にいる透羽を見た。
ごまかせば、きっと怪異は納得しない。
「俺から言う」
自分の気持ちを言葉にしようとした途端、妙に喉が乾いた。
戦闘で声を張る方が、よほど簡単だった。
「透羽が近くにいると、俺は安心する。怪異と戦う時もそうだし、大学で隣に座ってるのも、今では普通になった」
透羽が驚いたように目を見開く。
玄兎は照れくささをごまかさず、続けた。
「俺が無茶しようとすると止めるのは大体透羽だし、傷の確認もうるさいくらいしてくる。でも……たぶん、急にいなくなったら気になる」
赤い糸がわずかに緩んだ。
小毬が何か言いかけたが、千燈がすばやく口を押さえる。
「今は二人に最後まで言わせようね」
「むぐ……」
透羽は頬を赤くしながらも、今度は視線を逸らさなかった。
「私も、玄兎が見えない場所へ行くと不安です」
「怪異のせい?」
「違います」
即答したあと、透羽は一度呼吸を整える。
「あなたは、自分の安全を後回しにするところがあります。最初に会った夜も、あの学生を逃がすために自分が残った。依澄さんと夢へ入った時も、危険だと止められていたのに、西園寺さんを助けるために中へ入った」
透羽はそこで一度言葉を切った。責めるためではなく、自分が何を怖がっているのかを、玄兎へ正しく伝えようとしているようだった。
「あなたが死のうとしているわけではないことは分かっています。怖いことも、痛いことも、本当は嫌なのだということも。でも、誰かを助けようとすると、自分がどれだけ危険になるかを後回しにしてしまう。だから、私の見ていない場所で、いつか本当に戻れなくなるのではないかと……それが怖い」
玄兎は何も言えなかった。
透羽は言葉を選びながら、さらに続ける。
「だから近くにいたいと思います。監視のためでもありますが、それだけではありません」
言い切った瞬間、透羽自身がその意味に気づいたらしい。耳まで赤くなった。
千燈が小さく「今、監視を後から足したね」と呟く。
「千燈、今は黙っていてください」
「はいはい」
玄兎は思わず笑った。
「笑わないでください」
「ごめん。でも、嬉しい」
赤い糸はさらに緩む。
それでも消えない。
依澄が二人を見た。
「まだ『近くにいたい』だけ。怪異は、それなら離れるなって言ってる」
玄兎は過去の男女を見た。
そして一限目の講義を思い出す。
「じゃあ、次は離れた時の話だ」
玄兎は透羽へ向き直った。
「俺は透羽から離れても、戻ってくるつもりでいる。怪異の調査でも、講義でも、家に帰る時でも。ずっと隣にいる必要はない」
透羽の灰青色の瞳が揺れる。
「だったら、私が見ていない場所でも、死なないで戻ってきてください」
「絶対って言うと嘘になるかもしれない。でも、前より本気でそうしたいと思ってる。死ぬ前提で動くんじゃなくて、戻る方法から考える」
「それなら、今は十分です」
「透羽も、離れても戻ってくる?」
「当然です。任務がなくても、必要なら会いに行きます」
玄兎は少しだけ笑った。
「それなら大丈夫だ」
二人の間に白い糸が現れた。
昼よりも、公園の自動販売機の前よりも強く。
白い光は距離を縮めようとしない。ただ、離れても切れないように、柔らかく伸びている。
その光が赤い糸へ触れると、絡みついていた拘束が一本ずつほどけ始めた。
《蝶境》に映る過去の男女も、同じ光に包まれる。
女が泣きながら男を見る。
『離れても、本当に帰ってくる?』
男は今度こそ目を逸らさなかった。
『帰る。変わることがあったら、その時はちゃんと話す。黙って消えたりしない』
『それでも、怖い』
『俺も怖い。離れたら何か変わるかもしれない。でも、縛って一緒にいるのは違う』
女の手から赤い糸が滑り落ちる。
『じゃあ……行ってきて』
『行ってくる』
何十年も繰り返されてきた言葉が、ようやく別の結末へ辿り着いた。
空を覆っていた赤い糸が、夕焼けへ溶けるように一本ずつ消えていく。
最後まで玄兎と透羽の手首を結んでいた一本にも、白い光が静かに触れた。
痛みはなかった。
糸はほどけ、ただの淡い光になって消えた。
◇
赤い糸が消えると、公園へ夕方の音が戻ってきた。
玄兎は透羽へ目で合図し、ゆっくり距離を取る。
三メートル。五メートル。さらに離れても、胸は痛まない。
「大丈夫。もう何ともない」
「こちらもです」
朝からずっと、離れれば痛いという理由で近くにいた。今はもう、その理由がない。
玄兎は少し離れた場所から透羽を見る。
「ちゃんと離れられるな」
「はい」
「じゃあ、戻っても平気だ」
歩み寄ると、透羽の表情がほんの少し柔らかくなった。
「ええ。戻れます」
その横で小毬が嬉しそうに尻尾を揺らした。
「やっぱり群れです。離れられるのに戻る方が、私は好きです」
千燈は笑いながらも、今度は余計な茶化しを入れなかった。依澄も白い糸が消えた空間を見て、小さく頷く。
怪異はなくなった。
けれど、近くにいたいと思ったことまで、怪異のせいにはできなくなった。
◇
駅前へ戻ると、小毬の「大事件のあとはちゃんと食べましょう」という一声で、五人はファミリーレストランへ入った。
怪異の制約はもうない。それでも案内された席で、透羽は自然に玄兎の隣へ座った。
メニューを開いた透羽の視線が、何度も甘味のページへ戻る。
「プリン、食べれば?」
「食事との量を調整しているだけです」
「じゃあ俺も頼む」
透羽は少し迷ってから、小さな声で言った。
「……一つを分けても」
言った本人が先に固まった。
千燈の口元がゆっくり上がる。
「透羽ちゃん、怪異が解けたあとも距離感が近いね」
「今の発言は撤回します。二つ頼んでください」
「撤回が速いな」
玄兎が笑うと、透羽は不満そうにメニューへ視線を落とした。
結局プリンは二つ運ばれてきた。透羽が一口食べた瞬間だけ目元を緩めたので、玄兎は何も言わず、自分の分へスプーンを入れた。
からかえば、また「違います」と理屈を並べられそうだった。
◇
夜。五人は駅で別れ、玄兎と透羽は同じ電車へ乗った。
一日中、互いの位置を気にし続けたせいか、怪異が消えたあとの車内は妙に静かだった。
並んだ座席へ腰を下ろしてしばらくしてから、玄兎は昼間から胸に残っていたことを口にする。
「透羽。公園で言ってた『近くにいたい』って話、怪異を解くためだけじゃないんだよな?」
透羽の肩がわずかに固まった。
「嘘ではありません。ただし、意味を必要以上に広げないでください。あなたが見えない場所で無茶をするのが不安なのは、今も変わりません」
「分かった。俺も、透羽が近くにいると安心するって言ったのは本当だから。そこはお互い様だな」
透羽がようやくこちらを見る。
「そういうことを、そんなに簡単に口にしないでください」
「無自覚に言うなって、依澄にも似たようなこと言われた気がする」
「でしたら学習してください」
「努力する」
「『善処する』ではなくなった点だけは評価します」
玄兎が笑うと、透羽もほんの少し口元を緩めた。
電車が大きく揺れ、二人の肩が触れる。
もう胸に痛みは走らない。離れようと思えば、いくらでも離れられる。
それでも揺れが収まったあと、どちらもわざわざ肩の間へ隙間を作ろうとはしなかった。
――第六話・了